木桶職人復活プロジェクト!小豆島醤油生産盛!木桶作る伝統醤油!

こんにちは! アツボ―です。

今日は、2/20土09:30〜09:55

食彩の王国

「味の決め手・醤油…伝統の木桶醤油作りに賭ける友情物語」

の放送内容に基づき

「木桶職人復活プロジェクト!小豆島醤油生産盛!木桶作る伝統醤油!」

と題して書いてみました。

どうぞ皆さんご覧ください!

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木桶職人復活プロジェクト!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

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木桶の魅力①桶も生きている

木桶に使われることの多い杉の木材

その表面を拡大すると

無数の小さな穴があり、

発酵の主人公である微生物が

住み着いています。

木桶の魅力②その蔵元だけの生態系

そこに住み着く微生物は、

その蔵元特有の生態系をつくります。

百年を超える歴史の積み重ね。

その蔵元にしか出せない

味の理由がここにあります。

木桶の魅力③時間がつくる味

桶仕込みの多くは春夏秋冬の

温度変化に応じて発酵をする天然醸造

最低でも一年、長いものだと

三年の時間を要します。

時間がつくりあげる味わいがあります。

プロジェクトが目指すこと

同じ志の醤油蔵、酒蔵、味噌蔵、

流通関係者に飲食関係者が横に連携し、

共に市場を大きくするために

進んでいきたいと考えています。

そして、「木桶仕込みはおいしい!」

ということが広まり、

木桶に関する商品が増えた結果として、

木桶の需要が高まり、

日本各地に桶職人が増えていくという

循環を実現したいと考えています。

木桶職人小豆島醤油生産盛!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

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小豆島醤油が発展した理由!

(1) 塩造りの有力な産地であったこと

醤油業が始まる前、

小豆島では醤油の原材料である

「塩」を盛んに造っていました。

「最も潔白にして美味なり」

「島塩」と高く評価され、

元禄時代は赤穂に次いで、

全国で2番目の生産量を誇るまでになりました。

(2) 立地条件と海運業の発展

商港「堺」、天下の台所「大阪」に近いこと。

また、もともと海運業が盛んに行われていて、

造った醤油の大消費地への出荷が容易だったことが

小豆島醤油を発展させた最も大きな要因です。

                                         (3)九州と交流

古くから海でつながる九州と交流があり、

素麺や塩は九州へ移出し、

醤油の原料である大豆や小麦は

九州から移入していました。

(4) 耕地面積の狭小

小豆島は山が多く、耕地面積が少ないため、

米穀の自給自足は不可能です。

そこで塩や醤油、素麺を

京都・大阪・九州に出して貨幣に換え、

米麦食料を島外から購入して

生活を成り立たせていました。

(5) 島民の開放性・進取性

小豆島島民の目は常に海の彼方に向き、

古くは倭冦の一員として中国や

朝鮮の沿岸を馳駆した人もいたり、

島原の乱鎮定に加子として

出向した人もいたようです。

近世の初めからは塩廻船が

大阪や九州と島の間を絶え間なく住来して、

奥州や九州の諸大名の米や諸物資を

江戸や大阪にしばしば搬送しました。

(6)天領小豆島

江戸時代の260年間、小豆島は一部の

地域を除いて幕府の直轄地、

つまり天領でした。

藩の奨励も保護、冥加金の上納もなく、

比較的自由な支配の元にあったため、

新しくできた農間企業について、

格別な保護や規制も受けなかったことが

島醤油を発達させる上で有利に働いたようです。

(7)気候風土

小豆島の高温乾燥性と清澄な空気が、

麹菌の発育や醤油諸味の

熟成にとても適してたことが、

醤油製造の上で有利に働きました。

木桶職人木桶作る伝統醤油!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

2020年は初めての試みとして

「木桶サミット」が開催されました。

多い日は1日120人以上が集まり、

例年の作業だけでなく、

木桶に携わる人達の話を聞いたり、

情報交換の場となりました。

現状では木桶を使用した

伝統製法のみそやしょうゆは1%ですが、

それを2%に増やしていくこと、

そして世界の1%として

価値あるものにしていくことが目標です。

木桶の復活皆で応援したいですね!

いかがだったでしょうか!

最後までご覧頂きありがとうございます。

皆様のお役に立てれば幸いです。