大和田新アナウンサー!震災・原発事故と9年半の記録とは!

こんにちは! アツボ―です。

今日は、明日へ つなげよう 証言記録▽苦しみの中に光を求めてラジオに託す人びとの思い

2020年12月3日(木) 25時00分~25時50分 の放送内容に基づき「大和田新アナウンサ

ー! 震災・原発事故と9年半の記録とは!」と題して調べてみました。

どうぞ皆さんもご覧ください!

スポンサーリンク

大和田新アナウンサー!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

大和田新(おおわだ・あらた)

神奈川県横須賀市出身、中央大学法学部政治学科卒業!

1977年ラジオ福島(RFC)入社、放送部長、編成局長を経て、役員待遇編成局専任局長を務

めました。

2015年3月、ラジオ福島を定年退職後も、土曜日午前の長寿番組「大和田新のラヂオ長屋」

を担当しています。

東日本大震災後、一貫して被災地支援、福島の復興を呼びかけてきました。

著書に「大和田ノート 伝えることの大切さ 伝わることのすばらしさ」(福島民報社)が

あります。

大和田新アナウンサー!震災・原発事故と9年半の記録とは!

東日本大震災、東京電力福島第1原子力発電所事故からもうすぐ9年半!

福島県民は津波と原発事故により、多大な被害を受け、苦難の道を強いられました。

この9年半間、県民はどのような思いで暮らしてきたのか。

厳しい体験をしながら前を向こうとしてきた人々の姿を、ラジオを通じて紹介してきた福島の

名物アナウンサー、大和田新さんが福島の9年半を語ります。

また、震災・原発事故後、助かる命があることが分かりながらも救援活動を中断し、

避難せざるをえなかった浪江町消防団の苦悩を描いた映画「無念」を上映します。

大和田さんはこの映画で声の出演をしています。

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

福島のラジオ局の名物アナウンサー・大和田新さん。

震災直後、被災地の生の声を伝えようと現地に行くも、被災した人々から取材を拒まれ、伝え

ることの難しさを思い知らされました。

それでも、地元でともに生き、地元の出来事を伝えるラジオ局だからこそ目を背けられない現

実があると、足を運び続けます。

人々が再び歩みだそうと思えるその日まで?。悩み、苦しみ、マイクに向かい伝えるアナウン

サーの9年半の記録が放送されます。

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生したとき、大和田さんはどこで何をされ

いたのでしょうか!

大和田さん!その瞬間は、飯坂温泉・ホテル聚楽地下3階の大広間で歌謡ショ

ーの司会をしておりました。

65歳以上のお年寄り450人がおりました。地震の瞬間は、「ウォー」という地

鳴りに似た恐怖のどよめきが上がりました。

全国どの放送局でも震災時のマニュアルはみな同じ。

どんなに大きな地震でも1分以内に揺れは収まります」とアナウンスしなさ

いと書いてあります。

大和田さんはマイクを持って、マニュアル通り「どんなに大きな地震でも1分

以内に揺れは収まります。

上から落ちてくるものがありますので机の下に入るなどして頭を守ってくださ

い」と、心を落ち着けて何度も何度もアナウンスし続けました。

だが、あの本震は1分を超えて2分40秒揺れたのです。

1分半経つと電気が消え、地下3階は真っ暗闇になりました。

激しく揺れ続ける中で天井からシャンデリアのガラスの破片が落ちてくる。皆

さん、恐怖でもう声も出ない。体育館のような広さの中で、アナウンサーの本

能でしょうか、大和田さんはありったけの声を出して、「皆さん、まもなく揺

れは収まります。頭を守ってください!」と叫び続けました。後の話ですが、

ありがたいことに「あの声に励まされた」とのお客様の声も多くいただきまし

た。

と語っておられます。津波と原発事故の被災者を励まし続けてきた地元ラジオ局のアナウンサ

ー、大和田さん!今後のご活躍に期待すると共に更なるご健勝を願ってやまないですね!

本日は、ご覧頂き誠にありがとうございました。