ペスト!人々はどんな知恵で対処した!北里柴三郎の手段とは!

こんにちは! アツボ―です。

今日は、3/3(水)22:30〜23:15

歴史秘話ヒストリア 選「ペスト 最悪のパンデミック」

の放送内容に基づき

「 ペスト!人々はどんな知恵で対処した!北里柴三郎の手段とは!」

と題して書いてみました。

どうぞ皆さんご覧ください!

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ペスト!人々はどんな知恵で対処した!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

当時、黒死病の原因はさまざまな

腐敗物から生じる汚染された

空気だと考えられていました。

いわゆる瘴気説・ミアズマ説です。

黒死病が伝染性の疫病であることも

明らかになっていきました。

中世の大学町はきわめて不衛生で

汚物の臭い漂う場所でした。

とくに元々沼沢地で湿気の多い

ケンブリッジはそれが目立ちました。

街路の多くは舗装されておらず、

そこにあらゆる種類の廃物・汚物が

投げ捨てられ堆積されていました。

排水設備は十分には整えられず、

汚水は溝から川へと流れ出るに

任せられていたのです。

牛や豚や馬の糞など街路にたまった

汚物が除去されることもありませんでした。

黒死病から逃れるため、多くの人々は

町を退去しましたが、

そのいっぽうで、街路を清掃するなど町

の衛生環境を改善する取り組みも

繰り返し試みられました。

ヘンリー3世は早くも1267年に、

ケンブリッジに対し町の

清掃を命ずる布告を出しています。

1388年8月12日付の大学のチャンセラー宛ての

国王布告は、ケンブリッジでの議会開催にあたり

前もって街路を清掃しておくようにという

ものでありました。

腐敗物をもたらした者に対する

罰則規定 (Statute of Cambridge) が

設けられたのはこの議会においてです。

このように国王や議会も関与するなか、

ケンブリッジ゙の衛生環境改善策すなわち

黒死病対策は大学と町との共同作業と

して進められていったのです。

衛生管理の悪さがペスト菌を増殖させた

ことは確かのようですね!

新型コロナの蔓延する昨今衛生管理には

十分注意したいですね!

ペスト!北里柴三郎の手段とは!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

破傷風は、傷口に破傷風菌が

入り込むことで起きる

感染症で、強い痛みを伴う

筋肉のけいれんや呼吸困難などの

重い症状が現れます。

北里氏の留学中、破傷風の原因が

破傷風菌であることはわかっていましたが、

その純粋培養はできていませんでした。

実験によってその細菌の性質を調べたり、

ワクチンや薬の開発をするためには、

ある程度まとまった量の細菌が必要になります。

北里氏は破傷風菌を培養し、菌のつくりだす

毒素を取り出すことに成功しました。

傷風菌の毒素に強くなった個体の体内では、

毒素に対抗できるような物質ができていると考え、

北里氏はこれを「抗毒素」とよびました。

動物に毒素や細菌を少しずつ注射してその

体内で抗体をつくらせ、

その抗体が含まれた血清を得る。

その血清を治療に用いる血清療法を、

北里氏は開発したのです。

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

ペスト菌の発見は帰国後の1894年、

伝染病研究所の所長をしていた

時のことでした。

当時、香港でペストが大流行しており、

北里氏は政府から調査のために

派遣され、見事にペストの原因となる

細菌(ペスト菌)を突き止めました。

ペストといえば、黒死病という名前でも

知られる感染症です。

ヨーロッパでは14世紀に大流行し、

全人口の半分ほどが

命を落としたといわれています。

患者(かんじゃ)の家にネズミの

死体が多いことに気づき、

ペストが広がる原因となるネズミを

退治すれば、ペスト予防になることも

発見しました。

血清療法開発がどれほど重要で

貴重なものであったか!

お分かりいただけるとおもいます。

いかがだったでしょうか!

最後までご覧頂きありがとうございます。

皆様のお役に立てれば幸いです。