2011年4月1日!大手電機メーカー「三洋電機」が消滅した!

こんにちは! アツボ―です。

今日は、3/23(火)22:00〜22:54

ガイアの夜明け

【会社が消えた…その時、あなたは? 三洋電機“消滅”から10年】

の放送内容に基づき

「2011年4月1日!大手電機メーカー「三洋電機」が消滅した!」

と題して書いてみました。

どうぞ皆さんご覧ください!

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2011年4月1日!大手電機メーカー「三洋電機」が消滅した!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/

SANYOあれこれ

三洋電機創業者である井植歳男(-1969年)は、

パナソニック創業者の松下幸之助(-1989年)の

妻である井植むめの(-1993年)の実弟です。

つまり、松下幸之助の義弟にあたる人物です。

パナソニックの創業メンバーとして同社に務め、

務取締役にまでなったものの、

第二次世界大戦中に軍部の命令で戦闘機製造や

造船を行っていたことから、

敗戦後GHQにより公職追放の憂き目に遭います。

井植氏がパナソニックを去る際に

自転車用発電ランプの製造権、工場と従業員の

一部を譲渡され、1947年に創業したのが

三洋電機なんです。

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洗濯機、電池、エアコン、ソーラーパネル、

カーナビで強い技術力とブランド力を有していました。

自社ブランドによる販売のみならず、

OEM供給(他社ブランド品の製造)も

多く行っており、「縁の下の三洋」という

異名も持っていました。

石油ファンヒーター回収事件

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1984年に製造した石油ファンヒーターの

一部機種の構造上の問題から一酸化炭素中毒による

死亡事故が多発し、1985年~1986年にかけて

大規模な回収事件を起こしました。

この時期は新聞広告やテレビCMで通常の

製品広告を取りやめ、代わりに製品回収を

周知するお詫びCMを大々的に行っています。

ブランドイメージを大きく傷つけることとなった

この事件は様々な方面に影響を及ぼすことになりました。

日本初となる「お詫びCM」の放送!

当事件と2005年に起こったパナソニックの

FF式石油暖房機回収事件で放送された

お詫びCMが後の製品リコール・

商品回収告知CMの標準フォーマットとなりました。

石油ファンヒーターを製造していた子会社の

東京三洋電機の吸収合併!.

三洋電機のブランドロゴを一新するCI導入!

番組スポンサーであった「蒼き流星SPTレイズナー」の

提供撤退!

同作は三洋電機のスポンサー撤退と

プラモデルの売上不振により

番組の途中打ち切りに

い込まれました。

さようならSANYO

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2005年に発生した新潟県中越地震に

被災した子会社の新潟三洋電子の

半導体製造工場が地震保険に

未加入であったため、

500億円を超える損害が

すべて損失となりました。

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同時期に三洋電機の主力商品だった

デジタルカメラの単価下落も

起こったのが重なり、

1715億円という巨額の

当期赤字が発生しました。

これを打開するために創業家の

井植家以外からの取締役招聘、

一部工場の閉鎖、白物家電部門の

大幅縮小などの事業整理を行います。

しかしこの経営再建策は上手く行かず、

さらに携帯電話機向け充電池や洗濯乾燥機の

大量リコールの発生、不適切な会計処理が

問題化するという窮地に追い込まれた。

その後、人員削減によるリストラの効果で

一度黒字に転換するものの、2009年に

パナソニックが三洋電機を子会社化します。

当時三洋電機が掲げていた「Think GAIA」

いうキャッチコピーは、2010年4月10日を

もって廃止されました。

「SANYO」ブランドを掲げた商品も

順次生産縮小が行われ、2012年4月に

「Panasonic」ブランドへ一本化されます。

2015年2月、本社の入居していた

大阪府守口市の守口第一ビルが

守口市へ売却され、同年4月には

三洋電機所属の社員全員が

パナソニックとそのグループ各社へ

転籍し法人格だけ残る幽霊企業と化し、

実質的にその役目を終えました。

いかがだったでしょうか!

最後までご覧頂きありがとうございます。

皆様のお役に立てれば幸いです。