法華三郎信房,鉄と炎と鍛錬!政宗が愛した大和伝とは!【みちのくモノがたり】

こんにちは! アツボ―です。

今日は、みちのくモノがたり「鉄と炎と鍛錬と~宮城 刀匠~」

2020年11月6日(金) 10時40分~10時45分 の放送内容、法華三郎信房,鉄と炎と鍛錬!

政宗が愛した大和伝とは!について調べてみました。どうぞご覧ください!

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法華三郎信房さん!

本刀の制作者、8代「法華三郎信房」は、1909年(明治42年)5月15日生まれ。

15歳から作刀の道に入り、7代・信房の作風である備前伝を継ぎました。

第二次世界大戦中は父と共に軍刀を作っていましたが、1955年(昭和30年)、

文部省主催の作刀技術発表会に備前伝の作品を出展し入賞します。

法華三郎信房はその後、大和伝「保昌派」の復元を志します。

保昌派の末流と目される初代「国包」の門人であった先祖が大和伝を作風としていたこと

などもあり、本格的に大和伝の再現に取り組んだ信房は、8年の歳月を費やして努力を重

ね、復元に成功しました。

「新作名刀展」において、備前伝・大和伝での入賞を繰り返し、

1981年(昭和56年)、無鑑査に認定。また、仙台藩に伝わる国包の大和伝保昌派を継承

していることが認められ、宮城県指定無形文化財となりました。

2000年(平成12年)10月25日逝去。享年91歳。

本刀は、美しい柾目肌(まさめはだ)と直刃(すぐは)の大和伝保昌派を再現した、

法華三郎信房会心の1振です。

出典元:https://www.yahoo.co.jp/ 

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法華三郎信房さん鉄と炎と鍛錬!

出典元:https://www.yahoo.co.jp/ 

東北のパワースポット塩竈神社には日本刀があります。

中でも宮城が誇る宝は大和伝。古来から神が宿ると崇められ、お守りにも使われてきた日

本刀。刀鍛冶の伝統は今も大切に守られています。

三代目の法華三郎信房は大和伝を受け継ぐ唯一の刀匠。大和伝には柾目肌と呼ばれる鉄を

何層も重ねて出来る縞模様があり信房の父が復活させました。

まずは鉄を作るところから始まる。強靭な鉄へと鍛え、温度には一層注意する。

生き物に変化する鉄は20本に1本出来るかだといいます。

法華三郎信房さん政宗が愛した大和伝とは!

大和国は「五箇伝」(ごかでん:名工を輩出した5つの主生産地)の中で最も古い歴史を

持ちます。

「飛鳥京」・「藤原京」・「平城京」など、都が奈良にあったことに起因し、

奈良時代から平安時代に御用鍛冶として栄えました。その後、「桓武天皇」が都を「平安

京」へ遷都をしたことにより、奈良は「南部」と称されるようになり衰退。補助金などの

不足により、大和国での制作は困難になったため、日本刀の主な生産地域が奈良から京都

に移っていきました。

しかしその後、平安時代末期、当時の実権を握っていた藤原氏の仏教振興政策により、

大和国は全国の仏教の中心地に。その影響を受け、大和国は各寺院の勢力を増大させる動

きを見せ、仏法保護の名の下に僧兵と言う戦闘に従事する僧が登場しました。

これにより、僧兵が使用するための大量の刀が必要とされたため、寺院に所属する刀鍛冶

として大和鍛冶が再度、盛んになっていったのです。

出典元:https://www.yahoo.co.jp/ 

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いかがだったでしょうか!

今日は、法華三郎信房,鉄と炎と鍛錬!政宗が愛した大和伝とは!について書いてみまし

た。お役に立てば幸いです。